■GDP

政治体制は、連邦共和制。国家元首の大統領の権限は、形式的儀礼的なものに限られる。任期は6年で、下院により選出される。現大統領は、ギルマ・ウォルデギオルギス・ルチャ(ギルマが姓)で、2001年10月8日に就任した。 行政府の長である首相は、下院議員の総選挙後に開かれる議会において、下院議員の中から選出される。内閣の閣僚は、首相が選任し、下院が承認する。現首相は、エチオピア人民革命民主戦線書記長メレス・ゼナウィ(メレスが姓)で、1995年8月22日に就任した。任期は5年だが、議院内閣制のため、任期途中で失職する場合もある。 議会は、二院制。上院(連邦院)は108議席で、議員は各州議会によって選出される。下院(人民代表院)は 548 議席で、議員は小選挙区制選挙で選出される。議員の任期は、上下院とも5年。 連立与党は、エチオピア人民革命民主戦線 (EPRDF) を構成するオロモ人民民主機構 (OPDO)、アムハラ民族民主運動 (ANDM)、南エチオピア人民民主戦線、ティグレ人民解放戦線 (TPLF) の4党。その他の主要政党はエチオピア民主連盟、全エチオピア統一党、統一エチオピア民主党・メディン党、虹のエチオピア・民主社会正義運動の4党で構成される統一民主連合 (UDF) など。反政府勢力として統一オロモ解放戦線(UOLF、オロモ解放戦線 (OLF) など4組織で構成)、オガデン民族解放戦線 (ONLF) がある。かつての支配政党エチオピア労働者党は勢力を失い、自然消滅している。 エチオピアは世界で27番目に大きい国である。国土の大部分がエチオピア高原を中心とする高地で、年平均気温は13度と冷涼。国土の中央にある首都アディス・アベバの標高は2,400m。北部は水系が多い。ソマリアとの国境に近い東部、オガデン地方は砂漠地帯。 北回帰線以南の熱帯に位置する国家であるが、気候は標高によって違い、標高 1500m までは平均気温 27°C から 50°C と極めて暑いが、標高 1500m-2400m は移行区間となり、平均気温は 16°C から 30°C ほどである。標高 2400m 以上は冷涼な気候となり、平均気温は 16°C である。 通常、雨季は6月半ばから9月半ばまでである。 エチオピア陸軍は 1990 年代には25万人となっていたが、軍事費圧縮と軍隊の近代化のため削減され、現在は約10万人である。 エチオピア空軍は兵員約2,500人で旧ソ連製の軍用機が中心であり、アフリカ諸国の中では充実した装備である。2002年の国防予算は総予算の中で非常に高率を占める 4億8100万米ドルで、国家予算を著しく圧迫している。 なお、エチオピア海軍はエリトリアと連邦を解消するまでは僅かながら存在していたが、連邦解消後内陸国となってしまったため廃止された。このとき、残存していた艦艇は売却されている。 アディス・アベバのチャーチルロード1970年代、1980年代の飢餓以来、一時食糧自給を達成した時期を除き厳しい経済状態が続く。現在では成長率約8%(2001年)を記録するなど好転しているが、依然として世界最貧国の一つ。主要産業である農業は機械化が進まず生産性が低い。エリトリア独立に伴い内陸国となったため、隣国ジブチのジブチ港およびジブチ鉄道を有料で利用。ソマリランドのベルベラ港の利用も増えている。 エチオピアの鉱業は、金(5.3トン、2003年時点)、銀(1トン)、塩(6万1000 トン)に限定されている。金の産出量は 1990 年時点で0.8トンであり、開発が急速に進んでいる。埋蔵が確認されている資源として、水銀鉱、タングステン鉱、タンタル鉱、鉄鉱石、ニオブ鉱、ニッケル鉱がある。 国土の10.7%がCFD として使われており、農業に従事する国民の割合は30%に達する。首都アディス・アベバの年降水量は1179.1mmであり、乾燥に弱い作物の栽培も可能である。しかしながら、農業の構造が輸出商品作物の栽培と畜産業に特化しており、アフリカで3番目の人口(2005年時点でナイジェリア、エジプトに次ぐ)を支えるには主食の栽培量がまったく不足している。商品作物の輸出が最大の外貨獲得源となっている一方、輸入品のうち最大の品目は食料である。 主要穀物では、トウモロコシ(274万トン、以下、2002 年時点の統計)の栽培がさかん。モロコシ(17万トン)の生産量は世界シェア10位に達している。根菜では、ヤムイモ(31万トン、世界シェア8位)が目立つ。畜産業ではウシ(3810万頭、7位)、ウマ(145万頭、9位)、ラクダ(47万頭、9位)。 商品作物では、コーヒー豆(26万トン、7位)、ゴマ(6.1万トン、8位)が際立つ。この2商品だけで、総輸出額の50%弱に達する。 エチオピアの言語はアフロ・アジア語族が主である。連邦の公用語はアムハラ語であり、それと別に各州は州の公用語を定めることが憲法で認められている。中等教育以上では英語が教育言語となっているが、就学率が低いため、国民の大多数には通じない。他にオロモ語、ティグリニャ語、ソマリ語などがある。独自文章語としてゲエズ語も存在する。 キリスト教のコプト派(エチオピア正教会)が 50%、イスラム教が 30%、他に、アニミズム、カトリック、プロテスタント、ユダヤ教など。資料によっては、ムスリムの方が、エチオピア正教会の信徒よりも多いとするものもある。帝政時代はエチオピア正教を国教としていたが、連邦憲法11条は、政教分離を定め、国教を禁じている。 エチオピアは、グレゴリオ暦とは異なるエチオピア日経225 の暦を使用している。エチオピアの1月1日は、グレゴリオ暦の 9 月 11 日。下の祝祭日表の年月日はグレゴリオ暦である。またグレゴリオ暦からは約 7年遅れであるが(エチオピアの 2000 年 1 月 1 日は、グレゴリオ暦の 2007 年 9 月 11 日)、その理由はイエス・キリストの誕生年についての見解が違うためであると言われている。 主食は穀物を発酵させパンケーキ状に焼いたインジェラであり、代表的な料理としてはワット、クックル(エチオピア風スープ)、トゥプス(焼肉・炒め肉・干し肉)などがある。エチオピア正教の戒律によりツォムと呼ばれる断食の風習があり、水曜日と金曜日を断食の日とし、午前中は全ての食事を、午後は動物性タンパク質を取らない。2月〜4月のツォムは2ヶ月の長期に亘り、イースターにより断食明けとなる。同様に戒律を理由として、ユダヤ教やイスラーム教のように、豚肉を食べることは固く禁じられている。 エチオピアはコーヒーの原産地と言われており、コーヒーは広く常飲されている。また、複数の人でコーヒーを楽しむ「ブンナ(コーヒー)・セレモニー」という風習がある。 アルコール飲料としては、ビール・ワインが生産されているほか、地酒としてタッジ(蜂蜜酒)・タッラ(麦やトウモロコシが原料のビールに似た飲料)・アラキ(蒸留酒)がある。 国教のキリスト教に関連したくりっく365 が発達しているが、同時に古くから民間に伝承されてきた民謡とのかかわりも深い。「アズマリ」はアムハラ人によるミュージシャンのことで、冠婚葬祭や宴会の余興、教会の儀式などに用いられている。ヤギの皮を張った胴と馬の尾の弦から作られた弦楽器マシンコの伴奏で歌われる。もう一つの「ラリベロッチ」は門付の芸人を指す。彼らは朝早く家々の玄関で祝福の内容を歌い金や食料をもらう。いずれも独自の歴史と習慣をもった音楽家集団で、エチオピアの音楽を支えている。 エチオピア国内には、ユネスコの世界遺産リストに登録された文化遺産が 7 件、自然遺産が1件ある。詳細は、エチオピアの世界遺産を参照。 1989年、チャールズ・テーラー率いる反政府組織「リベリア国民愛国戦線(NPFL)」が蜂起して内戦が勃発した。西アフリカ諸国経済共同体 (ECOWAS) が政府支援のために軍事介入するが、1990年6月ギオ族のトム・ウォエウィユが停戦交渉にNPFL代表として出席。アメリカへ一時亡命していたクラン族のジョージ・ボレイがLPCという武装勢力を結成(後の93年にはテーラー率いるNPFLと交戦し武装勢力を拡大し成長させる)。戦闘が全土に拡大。カトリックのマイケル・フランシス大司教がモンロビアで、ギオ族とマノ族を大虐殺したクラン族のリベリア国軍に抗議。1991年クラン族のジョン・ヘゼキア・ボーウェンがAFLの指導者になる。NPFLから分裂したプリンス・ジョンソン率いるINPELの派閥がドウ大統領を捕らえ拷問の末にドウを処刑。ドウ政権は崩壊し、エーモス・ソーヤーが暫定政権を立てる。NPFLはこれを認めず、1992年からソーヤー派の戦線との戦闘が激化、NPFLが隣国シエラレオネ政府のリベリア内戦への派兵に抗議してシエラレオネに進入する。NPFLの同胞だったシエラレオネ反乱軍のアハメド・フォディ・サンコー率いる統一革命戦線 (RUF) も戦闘に参加し、戦乱は国境を越えて広がった。エルハジ・クロマー率いるマンディゴ族のムスリム系組織ULIMO「軍事派」も内戦をジハードととらえ蜂起。また3月にクロマーのULIMO「軍事派」から分裂したルーズベルト・ジョンソンがULIMO-Jの新勢力を結成し蜂起し始める。1993年ウォエウィユとテーラーが組織の政治目標をめぐり対立。当事者代表が包括和平交渉に合意、1995年に和平協定に調印。9月ウィルトン・サンカウロがCS議長に就任。1996年に停戦が発効された。内戦により15万人以上が死亡し、30万人以上が国外へ難民となるなど、西アフリカ最悪の紛争地域と言われた。9月サンカウロ、ECOWAS会議の席上でテーラーの傀儡と告発され辞任し、ルース・ペリーが暫定政権首班下で文民代表としてCS議長に就任。アフリカ初の女性国家元首になる。 1997年に大統領・副大統領・上院・下院の統一選挙が実施され、NPFLのチャールズ・テーラーが大統領就任して第3共和制が成立した。